「シェエラザード」読了

浅田次郎の「シェエラザード」を読み終わった。
小説の出来としては、この作者の他の作品に比べてちょっと雑かなと思った。
ただ題材にした船の件は、多いに共感を持てた。
第二次世界大戦の末期、昭和20年4月、日本が敗戦濃厚になった時期
東シナ海で一艘の貨客船が激沈された話。
小説の中では「弥勒丸」となってるが、実在の船は「阿波丸」
アジア各地で日本軍の捕虜になってる連合国側の捕虜に救援物資を届けるよう連合国の要請のを受け、行き帰り絶対安全の保障と言う「安導権」を持ち、アジア各地の施設を回った。しかも帰りの船に積む荷物には目をつむり、臨検も行わないと言う条件だったのに。
その船が日本への帰りに魚雷攻撃を受けて沈没させられた。
乗客2000名以上が亡くなった。かのタイタニックでも約1500名。
世界の沈没船で亡くなった人数は過去最悪の事件。
乗客のほとんどは日本に帰る手段が他になくなったシンガポールに住む一般人だった。
それなのに安全を保障され安心の下、帰国できると喜んでた人ばかり。
小説の中では、予定航路(連合国が了承してる航路)をはずれ上海に向かおうとした事になってるが、真相は不明。
アメリカ政府は目標を間違えた誤攻撃だったと、戦時中にもかかわらず謝罪している。
本当に誤攻撃だったのかは、戦後日本政府が賠償請求を放棄してしまった為、(これも謎が残るが)真相は闇の中に葬り去られてしまった。

それよりも戦後の現代に、日本に住む我々のほとんどがこの事件を知らない。
タイタニックは知ってても、阿波丸は知らない。不思議な話だ。
この事実を嘆いて、作者はあえてこの事件を小説にしたのではと思う。

小説の中に、この沈没船を引き上げようとして、あらゆる手段を使い挙句に二人の人間を殺してしまう中心人物のせりふ「私は、この船のことを忘れてしまってる1億3千万人の日本人全員を殺してもかまわぬと思っている」印象的だった。

この船の実際の引き上げは、79年から80年、81年の3回にわたって何故か中国政府によって行われ、368柱の遺体と遺品がが日本に返還されたそうだ。