吉川英治の「小説宮本武蔵」と「随筆宮本武蔵」を読んだ

前から読みたいと思ってたがあまりに長い小説なので躊躇してた。
それでも今回思い切って?読んでみた。
武蔵の生涯の正確な記述は少なく、不明な部分が多いと吉川英治は語っている。
それゆえ殆どが吉川英治のフィクションによる物語。
数少ない史実を基に架空の人物(架空とは知らなかった人物も有った)を加え物語を面白くしている。
ただ武蔵の全生涯を描くのかと思ってたら巌流島の戦いで終わってしまった・・あれっ?
ここまでなら結構知っている話。
ちょっと物足りなさを感じて何かないかと探したら
同じ吉川英治作の「随筆宮本武蔵」を見つけた。
こちらも続けて読んだ。


冒頭の部分に作者が
「小説とあわせ読んだ場合、史実から見た小説。また、小説から見た史実。どちらから覗いても、或るおもしろさは得られよう。その他は、読む人の視角と取捨にまかせるとしておく」と書いている。


個人的にはこちらが数倍面白かった。
小説を読んだ限りでは長編のわりには少し薄っぺらさを感じたが
これを読んでこの小説の裏側が見え、小説に対する見方を新たにした。

余談だが随筆の中で武蔵論のことで直木三十五を引き合いに出している、直木は武蔵を非名人だと唱え菊池寛と誌上で論争しているがそのことで吉川英治にも注文をつけたらしい。
その直木三十五は一時マキノ・プロダクション主催のマキノ省三家に居候していた。
その頃はろくな仕事もせずただぶらぶらしてた様子、その頃をよく知る省三の息子マキノ雅弘
直木賞ができたときには何やこれと首をかしげた、直木三十三から三十五になってもついに彼の名作らしいものを全く知らなかった愚かな私は現在も続いている直木賞に、いったいどんな値打ちがあるのかと首をかしげずにはいられないのである」と言っている。

さてどちらが正しいのだろうか?
マキノ雅弘の評価は別として直木三十五もいちど読んでみようかなと思った。
で、ちょっと直木三十五を調べてみたらこれが驚きのめちゃくちゃ人間。
面白そうだ。