城端麦屋祭り

北陸の小京都城

自転車ではよく訪れる。

春の曳山祭りも情緒が有って好きだが最近行ってない。

秋の麦屋祭りが今日だと言うので

行って来た。

何年かぶりだが麦屋祭りは踊りが主体と思ってるのに着いたら踊りが有るのは午後からだった。

気温は30℃くらいも有るので午後までは居れない。

寺の境内では麦屋節のコンクールをやっているところだつた。

踊りが見れないのは残念だが唄をじっくり聴いたことが無いので暫く境内で聴く。

一曲丁度一分くらいなのでどんどん歌い手が登場する。

どの人も感心するくらい声が出て上手だ

中学生くらいの女の子も素晴らしい声をだす。

十人ほどの歌を聴いたが女性の歌い手ばかり

高音の唄なので女性向きなのだろうか。

それにしても皆さんどれだけ練習してるのかと思うほどだった。

モンベルのちアナザーホリデー

先日剱岳で下りがかなりきつかった。

ストック無しが原因かと

今日富山のモンベル

ストックと前から気になってたサーモボトルを買った。

サーモボトルは容量が色々有ったが一番大きい0.9を買った、

これで日帰りの山はコンロやガスは持って行かなくても良さそう。

帰りに岩瀬のアナザーホリデーに

数年前に友人達と自転車で訪れた店

だいたいの場所は分かるが家並みが混んでて何処か分からない

スマホのナビを入れたらもう到着と言う

ウロウロしてようやく探す

カリーセットを注文

辛いのが苦手なカミさんでも食べれるキーマカレー

食後のチャイも美味しかった。

八乙女山

今日はあまり遠くに行きたくないので

手頃な八乙女へ

閑乗寺キャンプ場上の駐車場からが今迄の出発場所だったが

最近キャンプ場がかなり有名になったらしく出来れば下の駐車場に停めて欲しいと前に言われたので停め難くなった。

それならと林道をそのまま進み登山道と合流する場所から歩くことに。

軟弱者の考えること。

林道の脇に停め歩き始める。

気温はそんなに高くないはずだがすぐに汗が拭きでる。

最初の休憩場所がもう七合目。

しばらく休んで階段の多い道を歩き九合目

そこからはしばらく平坦な道を歩き峠に

その先の水場で冷たい湧水を頂く。

周りはガスに包まれ山頂も下界も見えない見晴台で休憩。

そこから少し進み山頂への登山道

汗をかきながら最初の山頂に(何故か山頂が二つ有る)

ここも立派なベンチが有りしばらくクールダウン

そのまま進めば次の山頂に向かうが時間が有るので風穴の場所まで足を伸ばす。

今日は風穴からの風は感じられなかった。

そのすぐ近くがアケボノスシュランの保護区域

中に入って見るが花が見当たらない。

もっともアケボノスシュランは知らない花

群生地には何本も保護中の立札が立ってる

最後に花は終わってるがこれかと。

そこから帰り二つ目の山頂に

昼は大平展望台で食べ下山。

来年はもうちょっと早い時期に来てアケボノスシュランの花を見たい。

 

 

宮島峡のち海鮮丼

今日誘われて久しぶりの自転車に

黒部から友人が朝早くやって来た。

楽なコースの希望なので

小矢部川の堤防から宮島峡に

久しぶりにソロじゃ無かった

三の滝まで

ここまで29km.往復40kmくらいの要望だったが坂が緩いのでここまで来てもらう

11時過ぎに家に帰り

先日から気になってる店に

海鮮丼が1000円でこれ

まんぷく丼の名だが刺身の種類は10種類以上

腹一杯になった。

山に行こうかと思ったが

先週山に行ったきり自転車にも乗って無い

さすがに運動不足。

何処か山にと思ったが今日の予想気温を見ると低山では暑そう。

軟弱夫婦はドライブに変更。

さて行き先はと思うが中々行きたい所が思い浮かばない。

そうなると結局は何度行っても飽きない能登半島

と言ってもコースは色々有る。

結局海岸線を走り珠洲まで

そのまま進めば禄剛崎

そこも今年もう何度か行ってるので

珠洲で左折能登半島外海に向かう

海岸線に出たら塩田が点在する。

そろそろ昼、何処かで食事と探す。

垂水の滝のすぐ前の食堂に

刺身定食を頼む。

値段はちょと高めだがまぁまぁ満足の味。

食後に滝見物

山が海まで迫り出しているので滝が海に直接落ちてる。

その後は輪島の手前で千枚田を見る

今年もう何度も来てるがその度に景色が変わるのが良い。

そして個人的に聖地と決めてる能登金剛巌門に

最近何時も寂しいほど人の少ない巌門だけど今日は観光船が二艘も出てた。

皮膚科に

朝起きたら左肩の上に何やらザラザラするものが何か気持ち悪い。

先日から友人が皮膚癌の手術で入院してる。

皮膚癌が頭に浮かんだ。

それと同時にもし癌だったら、また九州の自転車旅行がダメになってしまうと頭に浮かぶ。

近くの皮膚科に行って見ようと開院時間より早く出かける。

医院の前に着いたら何と開院前なのに大行列。

駐車場にも空きが無い。

諦めて他の皮膚科をネットで探す。

近いのを見つけて行ったら駐車場がガラガラ

受付は何時からかと聞くと

まず症状を聞く。

答えるとここは完全予約制でしかも保険診療が効かないという。

どうも美容整形がメインのよう。

仕方なく次を探すが幸いすぐ近くだった。

車を停めて中に入ると中は患者でいっぱい。

座る場所も無い。

それでももう他に行くのも嫌なので待つ。

小一時間で診察。

症状を見るなりこれはただの擦り傷ですと。

何か担いだりしなかったかと聞かれて

先日山に行ってリュックを担いだと言ったら

どちらの山ですか?と聞くので剱岳と言ったら

それは凄いよく頑張りましたねと。

もう治りそうですが一応塗り薬を出しますと言う事で無事終了。

これで九州は行けるかも。

古い友人と連絡が取れた

大学浪人をした時東京の早稲田大学のすぐ近くの予備校に入った。

早稲田には高校の同級生が何人かいたので暇な時誰かに会え無いかとよく構内を歩いてた。

その頃は学生運動最盛期の時、何時も何処かで集会がおこなわれてた。

ある日革マルの集会を見たら何と壇上でアジ演説をやってる男が高校の同級生だった。

高校時代は同じクラスにもなった事もないのでたまに会うと少し話す程度の仲だった。

アジ演説が終わって壇上から降りてきたので

声を掛けてた。

びっくりした顔で近づいて来て、何処に住んでるのかと聞く。

アパートが近いのでそのまま歩いて案内した。

それからしょっちゅう夜中に訪ねてきて泊まって行くようになった。

しばらく来ないなと思ったらデモで警察に捕まって留置所にいたなんてことも有った。

ただ翌年自分が大学に入ってアパートから学生寮に移ってからは会うことがなくなってしまう。

それから40年経った60歳の時、高校の同窓会の受付をやってた時、目の前に立った男が彼だった。しかしすぐには彼と気づかずしばらくしてから再会の握手、近況の話をした。

革マルは30歳で止めて一般の会社に入って

今は東京に住んでるから東京に来たら訪ねてくれと名刺を貰った。

(ところが何度か東京に行ってもチャンスは無し)

それから5年後再び同窓会が有り、また出席して来た。

その時も色々話したがやはり東京の住まいを訪れる事は無かった。

その彼が数年前からこちらのフェースブックにいいねを押してくるようになった。

嬉しくてメッセンジャーにコメントを入れるが

一向に返信が無い。

それからも時々いいねが押されてくる。

それが昨日フェースブックにコメントが入った。

「ようやくコメントの入れ方が分かった」とやはりSNSに弱いジジイのコメントだった。

現在病気を患って酒も飲めないと書いてたが

連絡が取れるようになったのは本当に良かった。